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任意後見で社長の判断能力低下に備える|会社を止めないための準備

はじめに

 会社経営は、社長の判断で動いている部分が想像以上に多くあります。資金繰りの判断、取引先との契約、役員人事、株式の承継、個人財産の管理など、日々の重要な意思決定が社長に集中している中小企業は少なくありません。だからこそ、社長が認知症などで判断能力を失うと、単なる個人の問題にとどまらず、会社全体が止まるリスクに発展します。中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、経営者の意思決定能力が低下・喪失した場合、承継手続が滞り、円滑な事業承継の実施に支障を来す恐れがあると示されています。

 このリスクへの備えとして有力なのが、任意後見制度です。 

 任意後見は、本人に十分な判断能力があるうちに、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、誰に何を任せるかをあらかじめ公正証書で契約しておく制度です。法務省は、本人が十分な判断能力を有するときに、将来の任意後見人と委任事務の内容を公正証書で定め、本人の判断能力が不十分になった後に、任意後見人が委任された事務を本人に代わって行う制度だと説明しています。

 このページでは、社長やオーナー経営者の方に向けて、任意後見制度の基本、法定後見との違い、会社経営との関係、できること・できないこと、家族信託との使い分け、そして会社を止めないために今からしておくべき準備を詳しく解説します。

結論|任意後見は「社長個人の備え」であり、会社を止めないための重要な土台です

  結論からいうと、任意後見は、社長が元気なうちに、自分の判断能力低下後の代理人と支援内容を自分で決めておける点に大きな意味があります。

 法定後見のように、判断能力が低下してから家庭裁判所が後見人等を選ぶのではなく、任意後見では、本人が信頼する人を自ら選び、公正証書で契約しておけます。法務省のパンフレットでも、「任意後見人となる方を自分で選ぶことができる」「当事者間の合意によって、法律の趣旨に反しない限り自由に委任する事務の内容を決めることができる」と案内されています。

 ただし、任意後見は会社経営のすべてを自動的に引き継がせる万能制度ではありません。あくまで、本人の財産管理や法律行為に関する備えの一つであり、自社株の集中、後継者教育、代表者変更の社内体制づくりなどは別途準備が必要です。中小企業庁も、認知症等による判断能力低下への備えとして任意後見や家族信託を活用を挙げる一方で、事業承継は60歳頃から5~10年をかけて進め、後継者教育や自社株集中も計画的に行うべきだと示しています。

任意後見制度とは何か

 任意後見制度とは、判断能力が十分なうちに、将来に備えて信頼できる人と契約を結び、判断能力が不十分になった後に、その人に財産管理や法律行為を本人に代わって行ってもらう制度です。

 法務省のQ&Aでは、本人が十分な判断能力を有するときに、あらかじめ任意後見人となる人や委任する事務内容を公正証書による契約で定めておき、本人の判断能力が不十分になった後に任意後見人がその事務を行う制度だと説明されています。

 また、任意後見は契約しただけで即座に効力が生じるわけではありません。法務省および厚生労働省の説明によれば、任意後見契約は、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力が生じます。つまり、「元気なうちに契約しておく」「判断能力が低下したら監督人選任を申し立てる」「その後に任意後見人が動き始める」という流れです。

法定後見との違い

 任意後見と法定後見の最大の違いは、誰が支援者を決めるかと、どこまで本人の意思を反映できるかです。

 法定後見制度は、すでに判断能力が不十分になった後、家庭裁判所が成年後見人等を選任し、その権限も法律で定められた枠組みに従います。これに対し任意後見は、本人が元気なうちに、自分で任意後見人となる人を選び、委任内容を契約で決められます。

 この違いは、経営者にとって非常に大きいです。

 会社経営では、「誰でもよい後見人」ではなく、「会社や家庭の事情を理解し、本人が信頼している人」に任せたい場面が多くあります。任意後見ならその希望を事前に契約へ反映できます。一方で、法定後見は柔軟性よりも保護と監督が中心であり、本人の希望通りの人が選ばれるとは限りません。

なぜ社長の判断能力低下が会社経営に深刻な影響を与えるのか

 社長が認知症などになった場合、最初に起きるのは「何となく不安」という感覚ではなく、実際の業務停滞です。代表取締役が認知症になると、経営判断の質の低下、取引先からの信用低下、契約の有効性を争われるリスクが生じる可能性があります。加えて、本人個人としても、預貯金の払い戻し、不動産売却、施設入所契約などが難しくなることもあります。

 中小企業では、会社と社長個人の実務が密接に結びついていることが多く、個人の判断能力低下がそのまま会社の停滞につながります。

 たとえば、重要な契約更改、銀行とのやりとり、株式承継の準備、会社名義でない事業用資産の処分や管理などは、社長個人の判断能力に依存している場合があります。だからこそ、「社長個人の備え」である任意後見も、実際には「会社を止めない備え」として重要になるのです。

「うちは大丈夫かな?」と不安になったら
まずは現状の確認から始めましょう。

任意後見でできること

 任意後見では、契約で定めた範囲で、任意後見人が本人に代わって法律行為を行います。委任できる事務の例として、預貯金の管理・払戻し、不動産等の重要な財産の処分、介護サービス契約、福祉施設入所契約などがあります。つまり、社長個人の財産管理や生活基盤の維持に直結する部分を、将来に備えて任せておける制度です。

 たとえば、病院・施設との契約、生活費の支払い、個人不動産の管理、会社との関連が強い個人資産の対応などについて、本人の希望を反映した形で支援を受けやすくなります。厚生労働省も、任意後見は「ひとりで決められるうちに、認知症や障害の場合に備えて、あらかじめ本人自らが選んだ人に代わりにしてもらいたいことを決めておく制度」だと説明しています。

ただし、任意後見だけでは足りないこと

 ここが経営者にとって重要なポイントです。

 任意後見は有力な制度ですが、それだけで事業承継が完成するわけではありません。中小企業庁は、判断能力低下への備えとして任意後見や家族信託の活用を示しつつ、別途、後継者教育、自社株集中、事業用資産の承継準備が不可欠だとしています。

 つまり、任意後見は「社長が動けなくなったときの法的な支え」ですが、後継者を誰にするか、自社株をどう集中させるか、代表権をどう移すかまでは、別の対策と組み合わせて考える必要があります。実務上も、認知症発症前の対策としては、任意後見契約のほか、株式の暦年贈与、民事信託(家族信託)などが選択肢として挙げられています。

任意後見と家族信託の違い・使い分け

 任意後見と家族信託は、どちらも判断能力低下への備えとして語られますが、役割は少し異なります。

 任意後見は、本人の代理人を決めて、将来の財産管理や法律行為を支える制度です。一方、家族信託は、特定財産の管理・承継ルールを先に組んでおく仕組みであり、とくに自社株や不動産など、特定財産を長期的にどう管理・承継させるかという設計に向いています。中小企業庁も、判断能力低下への備えとして、任意後見制度と家族信託の両方に触れています。

 そのため、社長の認知症対策では、

 任意後見=本人全体の法的支援の土台

 家族信託=自社株や事業用資産など特定財産の承継設計

 というイメージで考えると整理しやすいです。会社を止めないためには、どちらか一つだけでなく、必要に応じて組み合わせて検討する視点が重要です。

任意後見契約の流れ

 任意後見契約は、まず本人が十分な判断能力を持っている段階で、任意後見人となる人と内容を話し合い、公証役場で公正証書を作成して締結します。その後、将来本人の判断能力が低下した段階で、家庭裁判所へ任意後見監督人選任の申立てを行い、監督人が選任されることで契約の効力が生じます。

 費用面では、公正証書作成時に基本手数料11,000円、登記嘱託手数料1,400円、印紙代2,600円等の実費がかかり、監督人選任の申立て時には申立手数料800円、登記手数料1,400円、切手代等が必要です。さらに、任意後見人の報酬や、家庭裁判所が決める任意後見監督人の報酬も、本人財産から支払われます。

任意後見監督人とは何か

 任意後見では、本人が信頼する人を任意後見人に選べる一方で、その人が適正に仕事をしているかを監督する第三者が必要になります。この第三者が任意後見監督人です。任意後見監督人は、任意後見人が契約内容どおりに適性に事務を行っているかを、財産目録等の提出を受けるなどして監督し、家庭裁判所にも報告を行います。

 実務上、任意後見監督人には、親族ではなく弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職が選ばれることが多いとされています。 

 つまり、任意後見は「家族だけで完結する制度」ではなく、裁判所と第三者専門職の監督が入る制度です。この点は、経営者にとって安心材料でもあり、同時に制度運用のコスト要因でもあります。

社長が任意後見を検討するべきケース

 任意後見は、特に次のような社長に向いています。

 まず、後継者や信頼できる家族・役員候補はいるものの、まだ元気なうちに全てを渡すのではなく、将来の判断能力低下に備える法的土台を先に作っておきたい人です。また、自社株や不動産だけでなく、個人資産・生活・介護・医療契約を含めて、自分の希望を反映した支援体制を準備したい人にも向いています。

 逆に、任意後見契約だけで「後継者問題も株式問題もすべて解決したい」と考える場合には不十分です。

 その場合は、自社株の集中や議決権対策、信託、遺言、事業承継計画などを併せて検討する必要があります。中小企業庁は、事業承継を60歳頃から5~10年かけて進めるべきとし、後継者教育や株式集中の必要性も示しています。

社長が今すぐ確認すべきこと

 任意後見を検討するなら、まず次の点を整理するのがおすすめです。

1.誰を任意後見人候補にするか

  家族か、後継者か、あるいは長年会社を支えてきた信頼できる人か。「誰なら本人の意向を理解し、必要な場面で動けるか」という観点が重要です。

2.何を任せたいのか

 個人資産管理、生活費支払、不動産管理、施設契約など、将来どの法律行為を代わってしてもらいたいかを整理します。任意後見は、契約で定めた範囲が基本になるため、委任内容の整理が重要です。

3.会社側では別に何を準備すべきか

 任意後見の検討と並行して、後継者教育、自社株の集中、代表者交代の段取り、遺言、家族信託の必要性も確認します。会社を止めないためには、個人の備えと会社の備えを切り分けず、一体で考える必要があります。

One Successionとしてお伝えしたいこと

 任意後見は、社長の認知症リスクに備えるうえで非常に重要な制度です。ただし、社長の判断能力低下による影響は、本人の財産管理にとどまらず、会社の意思決定、取引先対応、後継者への承継準備、自社株管理などにも及びます。だからこそ、任意後見だけを単独で考えるのではなく、遺言、家族信託、事業承継計画、自社株対策とあわせて全体設計することが重要です。

 会社を止めないために必要なのは、「制度を知ること」ではなく、「制度をどう組み合わせて自社に落とし込むか」です。任意後見は、その第一歩として非常に有効です。

よくあるご質問

ここではよくあるご質問をご紹介します。

任意後見はいつ効力が発生しますか?

家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力が発生します。

法定後見との違いは何ですか?

法定後見は判断能力低下後に家庭裁判所が後見人等を選ぶ制度、任意後見は元気なうちに本人が任意後見人と委任内容を決めておく制度です。

費用はどのくらいかかりますか?

公正証書作成費用、監督人選任申立費用、監督人報酬などがかかります。公正証書作成時の基本手数料は11,000円で、そのほか登記嘱託手数料や印紙代などが必要です。

この記事を担当した司法書士

司法書士の村井です。
経歴

2006年 司法書士試験合格
2006年 名古屋の大手司法書士法人勤務
2007年 簡易裁判所訴訟代理権認定試験合格
2010年 司法書士村井事務所 開設

2022年 司法書士法人One Succession設立

所属

愛知県司法書士会 名古屋中央支部所属(会員番号第1470号)

簡易裁判所訴訟代理権 認定司法書士(認定番号第718044号)

公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート 会員

公益社団法人名古屋中法人会 青年部 理事

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